前回のノート『蒲団』を読んでみた 03 「自立する女」に嫉妬する時雄では、時雄が「新しい女」へ導こうとした芳子は、時雄の望む方向には進まず、時雄は彼女が選んだ田中に嫉妬していく様を考察した。
今回は、老いの自覚と若さへの執着、そして衰えない欲望が前景化し、時雄にとっての理想の人生について考察する。
死よりも強し/モーパッサン
1889年に発表された長編である。
あらすじ
主人公は中年の画家オリヴィエ・ベルタンである。彼は長年、ギユロワ伯爵夫人アンヌと恋愛関係にある。12年が流れ、公爵夫人の娘アネットが成長し18歳になる。娘は母に非常によく似ている。オリヴィエは、「若かった頃の恋人が戻ってきた」ような感覚に陥り、娘のアネットに惹かれていく。アネットへの秘めた恋情は「抗いがたい、破壊的で、死よりも強い何か」となっている。その情熱は、やがて彼を破滅へと導く。
物語の構図
失われた若さを若い女性に重ねた中年男性が、自らの執着によって破滅する。
若さが徐々に消えていく一方で、欲望や情熱は老いていかないのである。
「蒲団」との関係を考察する
私は、『蒲団』のことを面白おかしく書いてはいるが、それは時雄の内面が率直に表現されすぎることに驚いているからである。実は『蒲団』の文体は最初から最後まで美しい。下記のように時雄の内面が詩的に表現されるときもある。
若い鳥は若い鳥でなくては駄目だ。自分等はもうこの若い鳥を引く美しい羽を持っていない。
時雄が芳子を叱ったあと、机の上には『死よりも強し』が開かれていた。この場面では、もう時雄のウキウキ感は消えており、自分にはもう、若い鳥である芳子を惹きつける「美しい羽」がないことを自覚する。
時雄は、文学者あるいは師という立場を通じて、芳子と精神的に近づこうとしていた。しかしここで、二人を隔てているのが立場だけではなく、取り戻せない年齢の差であることに気づく。文学を通じて芳子と結ばれるという時雄の自己物語は、ここで崩れ始める。
父/モーパッサン
この作品が登場する場面は、芳子と田中の関係が親密であったことが判明した直後であり、芳子の父が上京し、田中と話し合いをした直後でもあり、作中でも、とりわけ緊張感の高い場面である。『蒲団』というと緩んだダメ中年のエッチな妄想ばかりが取り沙汰されるが、それだけではない。
あらすじ
主人公フランソワは、パリの官庁に勤める独身の事務員である。毎朝乗る乗合馬車で、店員として働く若い女性ルイーズと顔を合わせ、二人は少しずつ親しくなる。
ある春の日、ルイーズはフランソワに、かなりはっきりした条件を出す。
自分を尊重し、慎みを越えたことはしないと約束してほしい。
フランソワはそれを誓う。ルイーズが涙を浮かべて念を押すが、やがて人目のない場所で二人は抱き合い、口づけを交わし、そのまま感情に流される。ルイーズは、自分が何をしているのか十分に意識しないまま、身を委ねてしまう。我に返ったルイーズは、自分に大きな不幸が起きたかのように取り乱し、歩きながら何度も神に訴える言葉を繰り返す。
ルイーズはいったん別れようとするが、やがて再びフランソワのもとへ来て、二人の関係はしばらく続く。ところが、ルイーズが妊娠を告げると、フランソワは責任を恐れて姿を消す。
年月が経ち、独身のまま年を取ったフランソワは、ルイーズが別の男性と結婚し、その男性が子どもの父として育てていることを知る。そこで初めて、自分が捨てた息子に激しい愛情と後悔を感じる。
物語の構図
若い女性を求めながら、結果への責任を負わなかった男性が、後になって父親としての感情に苦しむ。
「蒲団」との関係を考察する
これまでの作品と明らかに異なるタイプの物語である。この物語が引用されるのは、芳子の告白によって、田中との関係の実態が明らかになった直後である。
時雄は、弟子として導いてきた芳子を、師としての立場を保ちながら欲望の対象としても見ていた。一方、芳子は時雄への手紙の中で、自分は「新しい明治の女子としての務め」を行わず、新しい思想を実行する勇気を持てなかった「旧派の女」であると告白する。
しかし、これは芳子の人生全体に対する結論ではない。時雄に欺いていた事実を知られ、父親も巻き込んだ状況の中で書かれた、懺悔の手紙における自己評価である。しかも芳子は、田中との関係を否定したのではなく、これからは「清浄な恋」を続けようと約束したとも書いている。
その一方で、時雄は怒りと嫉妬により、頭の中には、知識人という自己像からかけ離れた、下心丸出しの欲望がぐるぐると渦巻く。しかし――
この暗い想像に抵抗する力が他の一方から出てきて、盛にそれと争った。
時雄の中に、欲望を抑えようとする理性的・倫理的な力がまだ残っていた。時雄は一時、自己憐憫に沈む “Superfluous man!” の位置から、師として決断する側へ移る。ただし、その決断にも嫉妬と自己保身が入り込んでいる。
芳子を故郷へ帰すという決定によって、時雄は問題を終わらせたつもりになる。しかし、それによって終わるのは、時雄が関与する芳子の物語であって、芳子自身の物語ではなかった。
プニンとバブリン/ツルゲーネフ
1869年発表の回想形式の中編。語り手ピョートルが、少年時代から長年にわたって出会った二人の人物を回想する。
あらすじ
バブリンは、生真面目で厳格な共和主義者である。農奴への体罰を拒み、権力者におもねらず、自分の信念のために職を失っても妥協しない。
プニンは、善良で無邪気な詩人肌の人物である。古いロシア詩を熱烈に愛し、世間的には滑稽に見えるが、純粋な心を持っている。バブリンに保護されながら暮らしている。
二人は、語り手の祖母の屋敷で働くことになる。そこには、バブリンが引き取って育てている少女ムーザもいる。
バブリンに引き取られて育ったムーザは、一度は若いタルホフを選んでバブリンのもとを去る。しかし、のちにバブリンの妻となり、彼が流刑に処されると、その地まで同行する。若い女性が一度は別の男を選びながら、最終的には年長の保護者の思想と人生を共有する物語である。
物語の構図
一度は同世代の男を選んだ若い女性が、最終的には自分を育てた年長の男の思想と人生を引き受け、その苦難にも同行する。
「蒲団」との関係を考察する
父親が芳子を連れて故郷に帰る汽車に乗り込んだあとも、時雄は窓際に立ち尽くし、ああすればよかった、違う結末もあったはずだ、俺の物語はまだ終わっていない、と未練を募らせる。
汽車が発車する寸前に、時雄はこの物語を思い出し、文学者としてツルゲーネフの描いた主人公たちの物語に胸を打たれる。これこそが時雄が思い描き続けてきた芳子と歩みたかった人生であった。『プニンとバブリン』は時雄にとっての夢であり、理想の物語であった。しかし、時雄が『プニンとバブリン』に見たのは、単に思想を共有する男女の理想ではない。一度は若い男を選んだ芳子が、いつか自分のもとに戻り、文学的生活を共にしてくれるという、自分に都合のよい未来であった。
しかし、その空想に耽っている時雄のすぐ後ろには、田中と思われる男が立っている。芳子はその姿を認めて胸を高鳴らせ、父親も不快に感じる。ところが時雄だけは、田中が背後にいることにまったく気づかない。
この場面では、二つの未来が同時に開かれている。
時雄の頭の中では、『プニンとバブリン』のように、芳子がいつか自分のもとへ戻る物語が続いている。一方、芳子の視線の先では、引き離されてもなお田中との物語が続いている。
汽車が動き出すことによって終わるのは、芳子自身の物語ではない。芳子を弟子として導き、保護し、恋することのできた時雄の物語である。芳子は時雄の物語から退場するが、田中との物語は、時雄の視界の外側でなお続いていく。
さて、作中に登場する文学作品の紹介と考察はこれで最後となる。総括したい。
作中の文学作品を振り返る
ここまで、『蒲団』の中に登場する文学作品を順に見てきた。それらは単なる文学知識の披露でも、物語を飾るための引用でもなかった。
時雄はまず、『寂しき人々』や『ファースト』によって、自分と芳子の関係を文学的な恋物語として理解しようとした。次に、マグダ、ノラ、エレーナを芳子に教え、「自ら考え、自ら行う女」になるよう説いた。しかし芳子が実際に自分の意志で田中を選ぶと、その自由を認めることができなかった。
時雄は自分の不決断を、“Superfluous man!” というロシア文学の人物類型によって説明した。だが『死よりも強し』は、時雄が知識人である以前に、失われた若さを若い女性に求める中年男性であることを突きつける。『父』では、欲望のままに行動した場合に生じる責任と後悔が示され、時雄の中に残る理性や倫理と衝突する。
そして最後に思い出されるのが『プニンとバブリン』である。一度は若い男を選んだ女性が、のちに年長の保護者の妻となり、その思想と人生を共有する。時雄はこの物語に、芳子と歩むことのできなかった「文学的生活」だけでなく、いつか芳子が自分のもとへ戻ってくるという、自分に都合のよい未来まで読み取ったのではないだろうか。
しかし、その空想に耽る時雄のすぐ後ろには、田中と思われる男が立っている。芳子はその姿を認めて胸を高鳴らせるが、時雄だけは田中の存在に気づかない。時雄の頭の中では、自分と芳子の物語がまだ続いている。一方、芳子の視線の先では、田中との物語が続いているのである。
汽車の発車によって終わるのは、芳子自身の物語ではない。芳子を中心に置いた時雄の物語である。時雄の生活は三年前の旧い軌道へ戻るが、芳子の時間は時雄の視界の外側で先へ進んでいく。
文学は時雄の現実を照らし出す。しかし同時に、現実を自分に都合のよい物語へ作り替える道具にもなる。時雄は文学によって自分の欲望を理解し、文学によって芳子に理想を説き、文学によって自分の不決断を説明し、最後には文学によって、失った未来を想像の中で取り戻そうとする。
それに対して芳子の未来は、時雄の文学的空想の中にはない。物語の片隅に隠れて立つ田中と、それを見つめる芳子の視線によって、別の未来として暗示される。そして現実の岡田美知代も、『蒲団』によってスキャンダルの渦中に置かれたあと、再び上京して永代静雄と結婚した。
『蒲団』本文は時雄の物語を閉じた。しかし、芳子の物語も、モデルとなった美知代の人生も、そこで終わらなかった。小説の外側を流れる現実の時間が、花袋の書いた結末を追い越していったのである。