2026年7月23日(木)付で重信房子は岡本公三の追悼文を自身の Facebook に投稿した。

そこでは、岡本と1972年の事件に対する重信の評価が、半世紀を経ても変わっていないことが示されている。

重信は1971年にレバノンへ渡り、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)と接触した。赤軍派アラブ支部を設立したのち、国内の赤軍派と決別して独立した組織を形成した。この組織は国内向けに「アラブ赤軍」、国外向けに「日本赤軍」を名乗り、1974年に名称を「日本赤軍」へ統一した。この年に重信は最高幹部となるが、現場の女性戦闘員というより、組織形成、対外関係、政治的方向づけ、広報的役割を担う中心人物だった。日本赤軍はPFLPと連携しながら、1980年代にかけて国際的な武装事件を実行した。2000年に重信は大阪府内で発見され逮捕された。2006年にハーグ事件の殺人未遂・逮捕監禁と、偽名旅券をめぐる文書偽造・旅券法違反の罪で懲役20年の判決を受ける。

ここで、「重信房子は支持者やメディアの中で「象徴」として消費された」、という仮説を立てたい1

「若く美しい女性」「革命」「中東」「地下活動」「日本赤軍」という要素がひとつの人物像に重なったため、本人の実像以上に、見る側が勝手に意味を読み込み「物語」になりやすかったと言えないか。これはアイドルやカリスマが成立する時の構造に近い。日本では特に、「アイドル的な存在」が政治・社会・消費・価値観に与える影響がかなり大きい。

先日の投稿で紹介した Johan Grimonprez: Dial H-I-S-T-O-R-Y にはパレスチナ武装組織の女性たちの報道映像が流れる。重信のイメージと比較したい。カッコ内の数字は Dial H-I-S-T-O-R-Y 映像内で登場する時間帯である。

  • ムーナ・アブデル=マジッド(30:56) ≫ 作品中では1970年8月、アンマンで取材された「パレスチナ人コマンド/ハイジャック実行者」と紹介されるが、詳しい経歴は確認できなかった。

彼女たちはいずれも実行現場ではなく、対外的な報道映像の中で、広報的な意味を帯びた人物として映し出されている。「若く美しい女性」であることも重信のイメージと重なる。これは今でいうところの「萌え2」に似ていないか?


【速報】「日本赤軍」重信房子・元最高幹部 刑期20年満期で出所(2022年5月28日)@ANNnewsCH(0:38のスナップショット画像)

2022年、重信の出所時には支援者が集まり出迎えた。「We love Fusako」と書かれた横断幕もあった。「支持」でも「連帯」でもなく、「愛」という言葉が選ばれている。これは若いころに彼女に憧れ未だに若者だった過去から脱しきれない支持者なのか?それとも懐かしさから中森明菜のディナーショーに行ってみる気分のようなものかもしれない。

どちらにせよ、出所時の光景では、彼女の魅力・物語性・象徴性が、日本赤軍の思想の検証より前面に出ていた。社会状況が大きく変わり、かつての思想の現実的根拠や説得力が薄れた後も、彼女の語りと、それを支持する感情は残っている。

かつての思想にしても、表向きには、マルクス主義、レーニン主義、世界革命、反帝国主義、パレスチナ解放闘争との連帯などが掲げられていた。しかし、新左翼運動の一部を支えた心理には、時代の熱狂、自己犠牲願望、同調圧力、暴力による自己証明、現実社会への拒絶感が入り混じっていたように見える。日本赤軍は、国内の学生運動だけでは革命に至らないという認識から、世界と接続した武装闘争へ進み、少数の前衛の決意によって歴史を動かそうとした。

当時の一部インテリ層にとって難解な革命用語は、社会を説明する理論であると同時に、それを理解する者だけが共有できる身分証明のようにも機能したのではないか。そして彼らの一部は日本赤軍を支持した。3

赤軍派や日本赤軍の影響力は、思想の明晰さではなく、時代の不満を過激な物語に変換する力から生まれた。その思想は現実の人間社会を良い方向へ変えていこうという具体性を欠き、国内に残った運動の一部は、連合赤軍における内向きの粛清へと進んだ。一方、重信らの日本赤軍は、海外でのハイジャックや人質事件を通じて、暴力を国際的な政治宣伝へ転換した。

結局のところ、恋愛やファッション、ロック・ミュージックに若いころは夢中になり、「それが全て」のように感じる。ところが、ある程度年をとると、それらは単なる時代の流行り廃りに過ぎず、それらが巨大資本による産業であり消費経済に乗せられていただけではないか?ということに多少なりとも気が付かされざるを得ない。

若いころに重信房子を支持した人にとって、彼女が半世紀前の立場を撤回しないことは、重信自身の物語が変わらないというだけではない。自分が若い日に信じたものも、完全には無意味にならずに済む。

Bussiness Insider Japan 2006年6月2日付のポッドキャスト番組『入山章栄の経営理論でイシューを語ろう/306:誰しも知らずのうちに「推し活」してる』の中で、入山先生は、次のような旨を述べている。

人は心理的に何かに依存していないとやっていけない。それが昔は宗教であることが多かった。今は推し活という非常に素晴らしいパワーのものがあるので、それで心が健全的な意味で依存すれば仲間もできるし良いと思う。
逆にそれが無いと他に心のもって行き場も無いので、悪い例えだが、ホス狂いとかになってしまう。これも広義の推し活だが、社会的、倫理的にあまり好きではないと思うなら、そして今の自分の仕事がそれほど推せないのであれば、アイドルでも作家でもスポーツチームでも押しがあるのはすごくいいことだと思います。

時代は『宗教』から『推し活』へシフトしている。『イズム』は薄れ『支持』『連帯』から『愛』へと変化した。これはもはや『推し』とは言えないだろうか?支持者にとって「推し4」の重信房子は、実現できなかった願望を託す人物であると同時に、過去の自分を保存する人物なのかもしれない。

しかし「萌え」や「推し」は事件によって生じた被害や、政治的・刑事的責任を軽くするものではない。深刻な被害を生んだ運動であっても、人物の物語性や魅力が思想の検証より長く生き残ることを示している。

脚注

  1. 私は日本赤軍や重信房子から特に影響を受けたわけでも、これまで強い関心をもってきたわけでもない。このノートは岡本公三の死去をきっかけに記憶に蘇った映像作品 “Dial H-I-S-T-O-R-Y” を30年ぶりに観たことによって、30年前のレバノンの旅の記憶まで蘇った。それらの記憶は30年後になってようやく意味を持って現在に繋がって来たように感じる。重信房子をめぐる支持者の「推し」については、このノートを書く一か月半前に事務所のスタッフ(彼は以前からあさま山荘事件について調べていた)と赤軍派について議論したときに思いついた。

  2. ここでいう「萌え」とは、単に可愛いという意味ではない。人物の外見、振る舞い、設定、意外な属性の組合せなどによって、思想や行為の是非を判断するより先に生じる、愛着や魅力の感情を指している。

  3. この感じは、オウム真理教が出てきたときに、やはり一部のインテリ層は麻原彰晃を肯定していたことに似ていないか?あとで考えてみようと思う。

  4. 「推し」は、ただ好ましく思うだけではなく、その人物に特別な価値を認め、存在や活動が続くことを願い、何らかの形で応援しようとする関係である。短く言えば、萌えは「惹かれてしまうこと」であり、推しは「支えたいと思うこと」である。