満を持して『蒲団』読んだ。
直接のきっかけはNHKラジオR1「著者からの手紙|「蒲団」の時代―自然主義とは何だったのか―/木村洋(上智大学文学部国文学科 教授)1」が聞こえてきたからである。朝食の準備の途中だったため放送内容は残念ながら断片的にしか聞いていない。
この小説のあらすじは NHKで放送していた「名作平積み大作戦」で印象に残り、その時に非常に興味を持ち、読みたいと思っていた。しかし当時出版されていた『蒲団』はハードカバー版しかなく、文庫しか買わない私は、購入を見送っていた。ところが木村先生のラジオ出演がきっかけとなり、読んでみたいと再び思い Kindle で検索したところ青空文庫版が見つかった。しかも無料だったのでついに読む機会を得たというわけだ。
では簡単に作品を紹介する。
あらすじ
仕事も家庭もパッとせず、人生にすっかりくたびれていた中年作家 時雄(34~36歳)はひょんなことから引き受けた女弟子の芳子(19~21歳)が、なんとも都合のよいことにハイカラな美人だった。時雄は、その「華やかな声」と「艶やかな姿」に、すっかり舞い上がってしまう。読み始めて早速あちこちから聞いていた通りの展開に「おぉ!想像以上に美少女ものだ!」と私は叫び、思わず Kindle Paperwhite を握りしめてしまった。 ≫ キモオヂ発動
そしていろいろとムフムフ妄想して、妻と芳子を比べて妻を貶めたうえ(奥さんだって結婚して「僅か8年」ですし、まだ若いんですよ!ヒドイ!!)、今の自分は何て不幸なんだ!芳子と一緒になって幸せになるんだ!俺にはそうする正当な権利があるんだ!芳子もきっと同意してくれるだろう、と妄想を飛躍させていく。 ≫ キモオヂ暴発
そうこうしているうちに芳子にはさえない彼氏 田中ができる。ふたりが一緒に京都を旅行したことから、その関係を周囲に疑われ、芳子は「世間に顔向けできないようなことは決してしておりません」、と釈明し、ふたりは「キレイ」な関係であることを誓う。時雄は田中に嫉妬し嫌いながらも、師匠として弟子の面倒を見る義務を感じ、ふたりと芳子の実家との調整役に徹する。 ≫ 理性が勝るオヂ
しかし実は二人は一線を越えていたことが判明し、時雄は嫉妬と絶望から呆然となり、芳子の父親を東京へ呼ばざるを得なくなる。そして父親は芳子を連れて帰る(ここが一番現代と違うところ)。時雄は芳子がいなくなった部屋で彼女が使っていた寝間着や蒲団に包まり匂いを嗅ぎながら泣く。おわり。 ≫ キモオヂ悶絶
自然主義とは
こんな感じなのだが、これが自然主義の文学なんだそうだ。内心劣情をこじらせているだけで、時雄はエッチな妄想こそ暴走するが、実際には一線を越えない。芳子の使っていた蒲団の匂いを嗅いでいるところも人には見られていないようだ。よって何も問題はないはずだ。ただ読者がキモオヂ時雄の性癖の独白に付き合わされるだけである。
あるがままを隠さず表現するのが「自然主義」とのことなのだが、このような内面の性癖を描くのは醜悪なんだそうである。しかし醜悪かどうかの判断はそれに付き合わされた読者にあるような気がする。「ヤベェ、キモオヂ〇ね!」と思う読者もいるだろう。でも私は「フムフム、時雄、君もそうなのか。わかる、わかりすぎるよ。多分俺もそういう妄想するだろうし、臆病なので行動より理性が勝るし、蒲団の匂いも嗅ぐかも!」と思っただけである。
もっとも自然主義とは、単に恥ずかしい本音をばらす文学というだけではなく、人間を理想化せず、その欲望や自己欺瞞まで観察対象にする試みだったのだろう。
この小説はフィクションでは無い
さて、この作品は以前ご紹介した「或る女」以上に登場人物の実在モデルが多数存在する。最初に興味を持たれるのは、芳子のモデルとなった岡田美知代であろう。彼女は小説の通り、神戸女学院に通っており、田山花袋に書簡を出して入門を懇願、数度の書簡往復のあと、入門が許された。神戸女学院を中退し、父・胖十郎に付き添われて上京。はじめは牛込区若松町の花袋宅に寄宿し、その後、花袋の妻りさ(里さ・利佐子)の姉・浅井かくの家(麹町区土手三番町)に転居して、津田英学塾予科に通学した。田中のモデル永代静雄は同志社で学んでいた学生で、京都で逢った際に膳所を遊覧するなどして親密な仲になった後、彼は上京する。ふたりの親密な関係が花袋と実家に知れ、花袋は美知代を義姉の家から自宅に戻し、父・胖十郎と善後策を相談後、美知代は帰郷することになる。2
少なくとも主要人物の多くには実在モデルが存在し、出来事の骨格も実際の経緯にかなり近い。もはやフィクションでは無い。週刊誌ネタである。
そんなわけで、『蒲団』が発表されると、美知代は帰郷後にスキャンダルに巻き込まれる。Wiki で知ったことだが、神戸女学院時代に佐々城信子と面識があったそうである。その信子は有島武朗の小説「或る女」の主人公 葉子のモデルにされて抗議しようとしたともいわれるが、その有島はすでに情死していたそうである。神戸女学院には、きっと素敵な女学生がいっぱいだったんだろうな、とキモオヂに仲間入りした私は妄想する。
美知代は文学者としての実績を残している。明治末から大正末にかけて小説や少女小説、翻訳などを多く発表する。短編集『花ものがたり』(1917年)や、ストウ夫人の「アンクル・トムズ・ケビン」の本邦初完訳『奴隷トム』(1923年)など。又、田中のモデル永代は、「不思議の国のアリス」の翻訳書『アリス物語』を刊行し、新聞社の編集局長を務めたほどの人物である。
『蒲団』に登場する文学作品
ところで、実在モデルについて調べているうちに、もう一つ気になることが出てきた。『蒲団』の本文には、当時の文学作品やその登場人物が驚くほど多く埋め込まれているのである。それらは単なる文学知識の披露ではなく、時雄と芳子の関係を別の角度から照らしているように思える。この点については、次のノートで考えたい。
脚注
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熱すぎる読者レビューを読むのもおススメです。「Amazon.co.jp: 「蒲団」の時代:自然主義とは何だったのか (新潮選書) : 木村 洋: 本」 ↩